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中世ヨーロッパで歯の治療をしていたのは「床屋」さんだった?

歯医者さんと床屋さん(理髪店)には、実はある接点があります。

なんでも、中世のヨーロッパには外科専門の医者というものはおらず、「抜歯」や「歯の洗浄」そのほか「外科的な治療」を「床屋」さんが担っていたというのです。

このページでは、歯医者さんのトリビアとして「中世ヨーロッパで歯の治療をしていた床屋(理髪師)」について記事にしています。

そもそも中世ヨーロッパの理髪師とはどんな職業?

中世ヨーロッパの理髪師は、「barber-surgeons(バーバー・サージアン)」と呼ばれ、理髪師と(今でいう)外科医療の兼業だったようです。

兼業の理由は所説ありますが、「器具の扱いになれていたこと」「切断器具(剃刀)を用意できたこと」などとする説が有力です。

思うに、「外科」という言葉自体がそもそもない時代、理髪店がサービスの一環として始めた取り組みが(当初は膿の摘出など簡単なものだった)利用客に好評となり、広く普及していったのだと思われます。

具体的に「barber-surgeons(バーバー・サージアン)」では、次のようなサービスを行っていたようです。

❝18世紀の中ごろまで、ヨーロッパで理髪師といえば簡単な手術を施す町の外科医でもありました。「barber-surgeons」(理髪兼外科医)と呼ばれ、髪をカットする剃刀で腫れ物を切開し、骨を繋ぎ、歯を抜きました出典:http://history.husigi.com/VHv2/koneta53.htm

なぜ床屋さんの前には赤白青の線がグルグル回っているのか?

床屋さん・理髪店といえば、「赤白青でぐるぐる回るポール」を思い出しませんか。

このポール、正式名称を「サインポール」といい、「barber-surgeons(バーバー・サージアン)」の店先に目印として設置されていたそうな。

ところでこのサインポール、なぜ「赤白青」の3色なのか

由来は所説あるそうなのですが、由来について説得力のある記事を見つけましたのでご紹介します。

❝治療が終わった後、洗浄したその赤い棒と傷口に巻いた白い包帯を店の軒先に干していたところ、風に吹かれてその白い包帯が赤い瀉血棒にらせん状に巻き付きました。

その模様が、現在のサインポールの原形になったと言われています。

そののち、1700年代にフランスや英国で、理容師と外科医が区別された際、理容師は青を、外科医は赤白にと定められたため、理容店の看板は今日の赤・白・青の3色になったといわれています。

出典『理容店の「赤」「青」「白」のサインポールの由来』http://www.royal-hair.com/chief/mame.html

「瀉血(しゃけつ)」とは?

「瀉血(しゃけつ)」とは、切開やヒルに吸わせるなどの手法により、悪い血を抜く治療法。

これにより完治が行われるなど、医学的な根拠はないらしいのですが、当時は頻繁に行われていたそうな。

「barber-surgeons(バーバー・サージアン)」でも、もちろん行われています。

❝Barber-surgeons の処置で知られているのは「瀉血」(血を抜くこと)。悪い血を抜くことは有効な治療法と考えられていたようで、頭痛持ちから痛風患者まで気楽に足を運びました。腕に傷を付けるやり方ありましたが、もっと簡単なのは「ヒル」を使うもの。 出典:http://history.husigi.com/VHv2/koneta53.htm

「barber-surgeons(バーバー・サージアン)」は、理髪師と外科医療の兼業なので「赤白青のポール」を看板に掲げていたのですね。

「抜歯」「歯の漂白」も「barber-surgeons(バーバー・サージアン)」が行っていた

いかがでしたか。

「外科」という概念がまだなかった当時のヨーロッパでは、「手先が器用」で「人体に刃物(剃刀など)を向ける商売」をしていた「床屋」さんが、結果として「瀉血」や「抜歯」などを担っていました

これを歯医者さんの元祖と考えるかは、賛否両論ありそうですが、歯のトラブルに苦しんでいた民の一縷の希望となっていたのはきっと真実なのでしょう。

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